コンサドーレを熱く語る

こんなことになった理由
私は北海道生まれではありますが、上京してかれこれ20年。「郷土に対しての意識」なんて
ものはほとんどありませんでした。コンサドーレについてもある程度の知識はありましたが
思い入れみたいなものはゼロでした。
もう一昨年の話になります。会社の熱烈コンサドーレサポーターである後輩と飲んでいるときに
サッカーの話題となりました。自分もサッカーに少しは興味はあり、後輩の話も楽しかったので
「一度観戦してみよう」と軽く考えたのがそもそもの始まりです。

2001年11月17日 晩秋の柏サッカー場は使い捨てカイロなしはつらく酒でも飲まないと
やってられない状態だったのですが・・・・ゴール裏に着いたとたんびっくりした。赤黒レプリカが
アウェイ側が占領し、熱気が凄かった。それもそのはず岡田監督が指揮するコンサドーレ。
アウェイでは最後だったのです。そうこうしているうちにレイソルサポーターの応援が始まり
負けじとコンサ側もスタート。歌がさっぱりわからないけど気持ちが盛り上がってきたのです。
試合開始!
試合自体は少し単調でした。ウィルも今ひとつで途中交代してしまいましたし、結果的には
コンサドーレは負けました。しかし一人の若いDFのがんばりがとても目立ったのです。
それは言うまでもなく今野 泰幸選手です。攻守共、果敢に動く姿に感動しました。
そして応援事態も前半はなかなか溶け込めませんでしたが、だんだん要領をえてきて
後半は声振り絞ってました。

その後天皇杯で小倉選手も見たり、W杯の影響でテレビでもサッカーが取り上げられる機会が
多くなってきたので生活の中に少しづつ「サッカー」と「コンサドーレ」が入り込んできたのです。

そんなこんなで2002年
コンサドーレの試合・・・11試合(1勝9敗1分け)
J2・・・2試合
W杯・・・1試合(カメルーン×サウジアラビア)
コンサU−15・・・1試合
「サッカー」と「コンサドーレ」
スタジアムに行きました。知識はまだまだですが、「サッカー」と「コンサドーレ」にたいしての
思い入れは一段と強くなりました。
残念ながら、2003年コンサドーレはJ2での戦いとなりますが、自分なりにこの1年を
追いかけたいと考え「ホームページ」を立ち上げました。
これからどうなるか皆目見当がつきませんが、無理せず継続できればと考えています。
よろしくお願いいたします。
気まぐれ予想 2月9日
無理かなと思って今日シーベースに電話したら案の定つながりません。
一瞬あきらめたけど、気を取り直してリダイヤルすることと約5分
つながった!!
オーセンティック 在庫もあった!!
良かった!!

てな訳で準備も整い、選手たちも体が絞れててきているはず
(ウィルとベットは大丈夫?)4-4-2で行くそうだし
MFのポジション争いが激化して全員レベルアップしてくれれば
言うことなし!!
去年のように中盤でウダウダしていて、ボールとられて
相手がGOALじゃやってられません

そこで早くも11試合目(1クール)終了後の予想
ずばり5勝3敗3引分?

どんなもんでしょう?
開幕3連勝(ホントかよ?)
で昨年の阪神状態で盛り上がるも
その後新潟、大宮に連敗、川崎と湘南はどっちかは
やられちゃうかな・・・・・
このペースが続けば昇格できそうじゃありませんか?
「絵に描いたもち」かなあ・・・・・
2003.3.15 前途多難
昨日からビデオを早送りしたり巻き戻したりしながら
観てました。少し落ち着いてきたので、自分なりに誠に勝手ながら
チームに宿題を出します。





その1 連係
昨年から言われ続けていることですが、相変わらず気持ちだけが空回り
してます。特に後半。後で書くディフェンスは勿論、すべてにおいて
連係が旨くいってません。一月以上のの合宿生活の成果が出ていません。
反対に横浜FCの方が小野を中心に旨くいっています。
今日の負けはその差なのかもしれません。改善しなければ
絶対に勝てないと思います。

その2 ディフェンス 
誰もが感じていることでしょう。和波の攻撃はすばらしい。でも
守備はやはり慣れてません。その他の3人も「連係」ができている
とは言えません。ビデオで観る限り森がまとめようとしているのは
解るのですが、やはり練習不足なのでしょうか。

その3 砂川
彼が昨日いなかったら、もっと悲惨だったでしょう。
唯一のゴールですが昨年はああゆう流れで旨くいったのを
見た記憶がありません。でも今年はできた!大きな収穫です。
来週からは、彼が引っ張るしかありません。

ぞの4 ベット
あえて苦言を呈します。もっと走ってください。
あれだけいいパス出せるんだから
もう少し何とかなりませんか。

その5 新居 堀井 森山 
この調子です。あとはシュートを決められるかです。

その6 今ちゃん
もうあんたしかいません。連係プレイの改善は
あなたがキーマンです。

その7 今まで名前の出ない選手
もっとがんばってくれとしか言いようがありません。

退場のときの大ブーイングは当たり前です。
来週私にブーイングさせないでください。
ホントにお願い。
2003年の総括??@

あの夏の日がなかったら〜♪ 楽しい日々が続いたのに〜♪・・・
今年の秋はいつもの秋よおり〜♪ 長くなりそうなそんな気がしてええ♪・・・

アリスの名曲ですが僕らの年代にとっては「3年B組 金八先生」における
杉田かおると鶴見辰吾のBGMの印象が強いですね。
15歳の夏に恋愛→そして秋に妊娠がわかり→春に出産をテーマに、金八が大活躍する
わけですが、この当事者2人が苦悩する場面にこの曲がかかっていたのです。

コンサドーレの1年を振り返るといろいろあり過ぎて、とても書ききれません。
ただ多くの皆さんは「ジョアン・カルロス監督就任」から悪夢が始まったと
考えているのでは?
確かに問題はあるかもしれません。「強権発動」「選手の好き嫌い」
「J2 44試合にあった練習スケジュールではない」「テーマにした戦術自体が誤り」
・・・などなど。一方オシム監督のように「とにかく走れ」で選手から陰口を言われても
うまくいっている場合もあります。

やはり個人がうんぬんというのはどうかと思います。
たくさんの要因が複雑にからみ、重なることで悪い方に向いてしまう。

曖昧な表現ですが私は「夏の失敗」が大きなダメージになったと思ってます。
7/19の湘南戦で勝ち今季最高位の4位になった後は5敗3分けで9/6の鳥栖戦まで
1ヶ月以上勝てない異常事態でした。ホベルッチが去り、カルロス監督も辞
けが人は減ることがなく、サポのフラストレーションもたまり
選手、監督への各方面からのプレッシャーがかかってきました。
各個人のテクニカルな部分ではなく、これらの要因からモチベーションが低下。
自ずとボールを追わなくなる。足が止まる。失点。試合終了・・・・・

それまで3連勝で3位川崎までの勝ち点差は7、TOP広島とは13と差は大きかったですがこの勝てない時期がなければもしかしたら昇格争いの一角に
名を連ねていたかもしれません。

この間、二人の監督と選手たちの苦悩はあったはずです。
しかし、この問題を解決する救世主は現れませんでした。(つまり金八)
勿論、何人かが何とかしようと必死にがんばったのかもしれませんが、
その芽を摘むものがいたのかもしれません。あくまで結果的に。
結局、秋になっても問題は解決しませんでした。

私も親から「同じ失敗は2度繰り返すな」と言われてきましたし、
仕事でも後輩におなじことを言ったりします。
しかし、実際はそう簡単に行きません。だからといって何度失敗しても
諦めるなとも言いたくないのです。コンサドーレに対しては。
だからこそ秋が終わり、2月まで新たな試練耐え抜いてほしい。(ケガには気をつけて)
それが終わればそこからがスタートライン

来年からは大幅に陣容が変わるようですし、若返りもするのでしょう。
各ポジションでリーダーとなる選手を据えて、若い選手を育てるのは
大賛成です。同時に監督、選手が替わるなら、戦術もシンプルで明確なテーマを設定して
1年間進んでほしいですね。

またHFCとスタッフにはそれに対して最大限のサポート体制をとってほしい。
そして僕らサポも可能な限りスタジアムで応援する。HOMEでもAWAYでも。
J2自体の動員数をあげることも考えなきゃ。

昔のTVドラマに無理矢理重ねるのは少々無理があるかもしてませんが、
金八先生と同じ流れであれば明るい3月が来るはずなので。
と言うわけで、まったく今年の総括になってませんが思いつきで書いてしまいました。

ああ!その前に天皇杯でしょ。
尽誠学園のHP観ました。ゲームのゴールシーンの動画がいくつかあるのですが、
セットプレイはなかなか上手いですよ。地方とはいえ社会人にも勝っている訳ですから。
相手のほうが材料がたくさんあるのだから、完全に対策を講じているかも。
とにかく、せめて3回戦までは・・・・・

尽誠学園高校 サッカー部 HP
桃栗三年柿八年 2005.1.2
2004年1月1日。半年くらい前までコンサドーレのゴールマウスを守っていた
佐藤 洋平が天皇杯を掲げ、この年からコンサドーレの監督に就任する
柳下 正明が国立のピッチで宙に舞った。

今年、あのGKはうつむきながら、国立メインスタンドの階段を上った。
明るく迎える背広の紳士たちは去年と同じ笑顔かもしれないが・・・・
一年は早いものだ。

柳下 正明率いるコンサドーレ札幌はチームとして出来上がっていない状態で開幕を
迎えるが、4試合目までは、僕たちサポーターに大きな希望を持たせてくれた。
しかし、現実はそんなに甘くなく、その後は、予想通りいや予想以上の不甲斐なさ
僕たちに見せつけてくれた。試合内容は毎回コピーをしたような負け、引き分け。
そのうち、前年同様、ピッチ以外での不祥事もおこり、主力選手2名が退団。

当初のビジョンを貫く。9字で書くことができるが、実践は非常に困難を極めた。
それでも柳下 正明は監督を辞めなかった。
いや、本来それは当たり前のことなのだ。僕たちは2002年から
監督の交代劇ばかり見てきたので、なんだか悪い癖がついてしまっているようだ。

長く、暑い夏が終わっても、コンサドーレに収穫の時期が来なかった。

僕らは呪文のように唱え続けた。
「少しずつ良くなってきている・・・」
でも勝てない。引き分けだとある程度で満足した。

柳下 正明は特定の選手をいきなり起用しない、采配を繰り返した。
理由はなんとなくわかる。僕も小さいころ、親に叱られ、外にだされたことはあった。
夕飯の時間になると、黙ってドアをあける親の姿が思い浮かぶ。

そんな荒療治をしても、まだ結果はでない。天皇杯で地域リーグのチームと
互角の勝負をしているのだから、「少しずつ良くなってきている・・・」
と言いづらくなってきた。

11月になった。もうリーグ戦は終わる。最下位は確定。
来年に繋がるゲームを!って、無い物ねだりをする。叶うわけがない・・・。

そんな時、コンサドーレは久しぶりに僕たちを裏切ってくれた。
J1で上位チームであるジェフ市原に勝った。辛勝ではあるが勝ちは価値。
何しろあのイビチャ・オシム率いるチームに勝った事は
僕らにとっては「燃えさせる」きっかけとなった。

不思議な話だが、その後のリーグ戦は2敗1引き分け・・・・
また元に戻った?いやいや僕らは一握りの期待を捨てなかった。
昨年の同時期にもまだ天皇杯が残っていたのにそれとは違っていた。

その「少し燃えるもの」が「熱く燃えるもの」に変わったのは12月13日だった。
こんどは大分トリニータに撃破した。やはり辛勝だが相手は外国人監督、
助っ人2名、オリンピック代表1名と役者は揃っているチームをだ。

この試合の直後から、こんなことにあんったく慣れていない僕たちは
困り果てて、少しおかしくなった。舞い上がるにもほどがある人々が
多くいたのを僕は知っている。

そのテンションは12月19日午後5時くらいまで
続いて弾けた。

でも待てよ・・・この盛り上がりがなかったら・・・・もし天皇杯初戦で負けていたら・・・
いくら長期計画で言いながらも絶望感だけが残っていたのでは?
いやあ・・・恐ろしい。オーバーかもしれないが、コンサドーレにかかわる
すべての人々が、ネガティブなまま新年を迎えるところであった。

あと数日で、契約、移籍の問題にけりが付き、もう15日からチームが始動予定とのこと。
柳下 正明はやり方を変えないだろう。監督が育てた選手が新加入することが
プラスの方向になること。そして、若い選手たちの成長の加速度が上がること。
そしてベテランと言われる選手達がきっちり自分の仕事をできること・・・。
言いたいことはたくさんあるが、得点力がすぐにつくとは思えないので、
やはり天皇杯での市原、大分戦のような耐えることメインの「おしんサッカー」を
前半戦で貫いてほしい。そして後半戦は徐々に攻撃的に・・・・・
妄想癖は今年も続きそうだ。

おそらくあっという間に一年が経ちどこかのチームが国立で
歓喜の雄たけびを上げるのであろう。
それが「赤黒のチーム」であることをイメージしながら、
一方で「時間はかかるんだろうな」と思いつつ一年を過ごすつもりである。
(敬称略)

        


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